25人が本棚に入れています
本棚に追加
第1章 日常
菊地瞬(俺)
俺には昔から、何とも不思議な能力があった。
そんな能力のせいで、俺のお袋は随分苦労していたと思う。
ところがそんな苦労について、彼女は一切口にしなかった。
きっと親父にだって何も言わなかったに違いない。
いつも何か起きると、決まって同じことだけを俺に向かってただ言った。
「瞬、誰にも言わないの……お願いだから、そうだって分かっても、絶対にそ
の人には言っちゃいけないのよ!」
彼女のそんな言葉を、
小さい頃の俺だって頭ではちゃんと理解していたんだ。
ところがいざ、
そんな場面に出会すと、
どうしても黙っていられなくなった。
きっと誰だって、俺と同じ気分になると思う。
なんとかしなくちゃって、そんな気持ちにだ。
ところが小学校に上がるくらいになると、お袋の言葉が心に響き始める。
言っちゃいけない――そんなことを守らなかったらどうなるか?
なんてことを想像できるようになって、
俺はいつしか何が見えても口にしないと心に決めた。
ところがだ。
それで楽になれるかっていうと、それはまるで違っていた。
通りすがりの人なんかであれば、まったく以て問題ナシ。
よほどの偶然が重ならない限り、
その行く末を見守ることにはならないからだ。
つまり、訪れる結果は変わらないってこと。
何をどう大騒ぎしたって、その先にある運命は変えられない。
だから親しい人がそうだと知っても、俺は何もせずにただ平然としている。
そんなことを繰り返していくうちに、
小学校高学年になる頃には人と関わることを避けるようになった。
親しくさえならなければ、
きっと苦しみも減る筈と、俺はこれまでずっとそう思って生きてきた。
もちろん23年間の人生の中で、例外がまるでないかと言えば嘘になる。
だけどたった一人の例外を除けば、
俺はほぼほぼそんなふうにして過ごしてきたんだ。
そしていつの日からか
――きっと歳を取ったからなんだろうが――
俺は、そんな苦しみからも解放される。
最初のコメントを投稿しよう!