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遠くから聞こえる鳥の鳴き声。川のせせらぎ。上を見上げれば木漏れ日が射し込む。眩しさに目を細めて目の前を見れば、辺り一面の木々。皆、太陽から受け取った養分で存分に枝を伸ばしている。
昔は、ずっと近くにいたんだけどな……。
ため息をついて背中の翼をそっとなでる。風を切るはずだったそれが森の奥で大人しくているのは、決して休憩しているからではない。私の翼は、長い間大空を駆けていない。
なぜって、私には片翼しかないから。
右翼があまりにも小さくて“ある”とは言えないのだ。
幼い頃は良かった。まだ成長する前は飛べたのだ。翼が同じ大きさだったから。身体が大きくなるにつれて、左翼も大きくなっていくのに、右翼だけは違った。子供の頃から同じ大きさで一向に成長しない。
『そういうこともあるのだ』と、何回か言われた。今は大きさが揃わなくても、大きくなった頃には平気だと。
でも、本当にそうなら、私は何も来ない森の奥に隠れたりしていない。
結局、翼は揃わないままで、逃げ出してきたのだ。このままじゃ皆と同じ生活ができないと思って。
そうして、私は人間界に降りてきた。人気のない所を探して、辿り着いたのがここだった。幸い、天使というのは幸福を生物にもたらしていれば生きていけるのだ。誰かと関わらなくてもいい。
そんな風に過ごして、森を出た先にある野原にさえ足を踏み入れなくなってから、どれくらいたっただろうか。軽く半世紀は越えているのだろう。しかし、まだ半世紀だ。どんなに寿命の短いものでも5世紀は生き続ける種族には酷な話だ。
また、深くため息をつく。左翼だけが大きく動く。ただ、また空を駆け巡りたい。あの光の側に行きたい。それだけのことができない。
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