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すぐ後ろで息を吸う音がした。
「あの、さ。俺ここに逃げてきたんだ」
その声が響いた途端、思わず左翼がピクリと動いた。自分でも単純すぎて呆れるけれど、同じ境遇の者がいることに喜びを覚えたのだ。
そんな私を知ってか知らずか、彼はそのまま語りかけてくる。
「……俺、どうしても隠せないコンプレックスがあって。ずっとバカにされてて。皆が出来ることが俺には出来なくて」
彼の息づかいが届く。一つ一つの言葉を少しずつ紡いでいく。
それらが、たまらなく沁みる。
「一回逃げた。それが関係ない世界に。でも、俺はそこでも認められなくて」
私も、そうだ。飛べなくてもいい人間界に来たら、今度は化物だと恐れられた。それぞれの世界で出来損ないと、化物と言われ続けて、私は
「俺は、誰もいない場所に行こうと思った」
思考の続きを語るかのように彼が言った。そうして辿り着いたのがこの森だった。
奥深く、暗く閉ざされたこの森。私を非難するものも、慰めるものもいないこの森に……。
「誰も、認めてくれなくて」
高く響く声が漏れる。吐き出せず、認められず、心の奥に閉ざしていた本音が溢れる。
「どれだけ叫んでも声が届かないみたいで。ただ皆と同じ……当たり前のことがしたいだけなのに、私には出来なくて」
次の言葉を、深く吸った息と共に吐き出す。
「もう一度、飛びたいだけなのに」
俯くと、苔のビッシリ生えた地面が見える。
もう、どうしようもない。
そんなこと、言われなくても自分が一番分かっている。でも、自分の望みを分かっているのも私だ。
もう一度。
「もう一度、飛べるなら」
相変わらず身体に響く低音が耳元に届く。
「どんなことでも、してくれるか?」
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