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記憶は往々にして本人を苦しめる。今では体が健康を取り戻した分、あの時々のOの視線の記憶はよみがえっては滝沢を苦しめた。それは目撃してまった姿よりも鮮明だった。
滝沢は一年だけ会社務めをして、大学に戻った。結婚もした。
駆け抜けるような忙しさでは、思い出す暇もなく、ようやく体力が戻り、そのことを認識したころには、全て過去になっていた。それでいいはず。
彼らにとってOとは、その視線だった。Oは特別美男というわけではない。女性的でもなければ、普通の男だった。確かに顔立ちはおっとりしすぎて、男たちを責め立てたりしないとしても、視線は、時に明確な意思をもって相手を屈服させる。
当時、滝沢もその視線が欲しかった。常に殺気立った後藤も、その視線のうちでは少しだけ自尊心を守ることができた。やっと少年を抜け出したばかりの海兵隊員は、噂に聞いていた人種への漠然とした恐怖をやわらげることができた。
一人は死に、もう一人は国に帰ったので確かめようもない。滝沢と違い彼らがOと再び会うことはない。彼らは時間と共に去って行った。
なぜ、再会してしまったのだろう。滝沢は思いがけない僥倖と、我が身の不自由さに、体がしびれている。
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