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 しゃくった顎の先にはOがいて、片手には溶けて匂いがもれたチョコ・バーがあった。  みんなそうだよ、滝沢は答えたが、彼はにこりともしない。そばかすが散りやや上向きな鼻を持つ顔は、まだ二十歳そこそこと予想できた。まるで戦地に赴くように真剣な表情、戦争は終わったのに。  どうやらOは米兵相手に売春をやっていたようだった。臨時収入を手にし、やせて色が悪かった顔に生気が吹き返していた。  仲間から聞いた彼はチョコレートで交渉しようとしたのかもしれない。ずいぶんと安く見積もられたものだ。  別に禁止されていたわけではなく、島に女性はいなかったので、自然とそうなっていた。彼らも最初は女性を探していたが、いないとわかると、男の中から“募集”することになった。  滝沢はなんとなくアメリカ人は男色と無縁だと思っていたので、不意を突かれたが、何人かは応じるものもいた。その中にOもいたというだけの話なのだが、どうしてか胸に引っかかってしまう。 ――後藤を殺した相手だぞ。  強く思わなかったが、引っかかるのはそういうことだろう。この状況で言う資格もなかったら、黙っていた。
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