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5話 家政婦 キリコ
今では科学も進歩して、AIが世の中を動かしつつあった。医療や建築、教育にもアンドロイドは力を発揮した。だが、私は教育者ではあるが、機械が人の心を理解出来るか疑問だった。
人は心によって動かされる。だが機械はそれを認識しない。それが私の結論だ。
私は、母親を早くに亡くした一人娘のマヤの為に、家政婦を雇う事にした。
今では家政婦の大半は、アンドロイドが行なっている。だが、娘には人として接して欲しい。
数は少ないが、人を扱う派遣会社に頼む事にした。
派遣されたのは、キリコというまだ若い家政婦だった。
彼女は、見かけによらず礼儀正しく、五歳のマヤも良くなついてくれた。
しかし、私は時々思った。キリコは本当に人間なのだろうか?
こんな事があった。
誤って防波堤から海に落ちたマヤを、キリコは飛び込み助けてくれた。
だがマヤを抱えて、防波堤をつかみ上がるキリコを見て驚いた。まるで人間業とは、思えなかったからだ。
それに食事の時も、キリコは箸を取らず、ただマヤと私が食べてる姿を見ているだけだ。
しかし、マヤを見るキリコの顔は、愛おしさで溢れていて、人間そのものだ。
そんなある時、キッチンで「痛っ!」とキリコが小さく叫んだ。私は近づいて「大丈夫かい?」と手元を覗き込んだ。包丁で指の先を、少し切ったらしい。血が少し滲んでいた。
私は心の中で、少しほっとした。
やはりキリコは人間だったのだ。
私はいつしか、キリコに惹かれていた。
傷口を手当てした後、キリコは「ありがとうございます」と微笑んだ。
そしてある日、キリコが急用で不在のため、私がマヤの夕食をつくろうと、早目に職場を出た。
すると家の近くで、消防のサイレンがけたたましく鳴り響いていた。
私は胸騒ぎがして、走って家に戻った。
すると、何と我が家は火の海だった。
「マヤ!マヤ!マヤが、娘がまだ中にいるんだ!」
私は叫びながら、玄関に飛び込もうとした。
「駄目です!火の手が上がり過ぎて、もう間に合いません!」消防隊員らは私を掴んで離さない。
「どうすればいいんだ!」私は何も思いつかなかった。
すると後ろから「私が参ります。旦那様はお待ちになって下さい」とキリコが言うと、頭から水を被り、玄関に飛び込んで行った。
「お、おい!待ちなさい」隊員らは、呆気にとられていた。
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