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行儀が悪いと思いながらも数回目の沈黙に耐え切れず、ズズズッと音を鳴らして残りのジュースを流し込んだ。コップの底に残ったオレンジジュースはちょっと水っぽくて薄くなっている。結露でコースターが少し濡れているのをじいっと眺めていると、漸くかしくんが我に返ったようだ。
「センパイ!あの、一応確認しますけど、藤倉センパイって藤倉一織センパイのことッスよね?」
「いお、り…?え、なんだって?」
「だからぁ!藤倉!一織センパイッスよ?!」
「えぇ、ゴメン分かんない。あれ、あいつの下の名前何だったかな…?」
「まあ藤倉なんて名字めちゃくちゃ珍しいわけでもないですし、もしかしたら人違いかもッスね。でも確か澤センパイと同じ学校だった気がするんだけどなぁ…」
「ゴメン、今度確認しとくわ」
「今度ってことは、またオレと会ってくれるんスかっ?!」
「あー、おう」
「じゃあ澤センパイの藤倉サン情報、期待してますね!」
やっとかしくんのハイテンションが戻ってきた。
大きな瞳をきらきらと輝かせ、再びガタッと身を乗り出すかしくん。その後かしくんとは連絡先を交換して店の前で別れ、一人帰路に着いた。
帰り道、かしくんとの会話を一言ずつ思い出しては咀嚼する。かしくんの言うフジクラ像と俺の知る藤倉を何度重ね合わせても、やっぱりいまいちピンと来なくて首を傾げた。
そう言えば俺、あいつの下の名前知らない…。というか、そもそもあいつのことほとんど知らない。
かしくんの言うフジクラが俺の知るあいつのことかどうかわからないが、もし別のフジクラであったとしても俺は彼の中学時代を知らない。中学時代どころか下の名前、誕生日とか好きな食べ物だって、今聞かれてもひとつも答えられなかった。
…俺は本当にあいつのこと何にも知らないんだなぁ。
ああ、そっか。やっぱり与えられてばっかなんだ、俺。いつか仕返ししてやるなんて思ってたけど、そもそも知ろうとすらしてなかったんじゃないか。
恥ずかしい。
そんな自分が、今日どころかここ最近で一番恥ずかしいと思った。
「やっぱ情けないまんまじゃん…」
はあーっと長く吐いた溜め息は、誰に拾われるでもなく固いアスファルトに吸い込まれていった。
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