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いつもと変わらない朝
自転車のペダルを踏み込む度に胃の中で朝食がシェイクされる。
師走も近い朝、僕は季節外れの大汗を流して自転車を飛ばし、いつもの待ち合わせ場所に向かう。
あいつはスマートフォンのモニタを人差し指でせわしなくこすっていた。そして僕を一瞥してこう言った。
「遅いって!」
時計は8時31分をさしていた。
待ち合わせの時間を僅かに過ぎていたが、ほんのおまけ程度。
これくらいで学校に遅刻するわけではないのに、この相棒は苛立ちを隠すことなく僕にぶつけてきた。
「いやいや、セーフだよ」
僕はタオルで額の汗を拭いつつ、短気な男の顔色をうかがう。
「お前、セーフの意味を知っているのか?」
カルシウムが足りていないんじゃないかな。僕なんて牛乳をコップに二杯飲んできたよ。お前も見習って一杯は飲めよ。そう言おうとしたが――、
「ほら行くぞ」
彼に促され、僕は汗が引く前に再び自転車のペダルをこぎだした。
僕は、滝沢慎。札幌市の琴似に住む高校三年生だ。
愛称はタッキー。イケメンアイドルに似ているという訳ではない。
体形は中肉中背に少しだけ筋肉を盛った感じ。
髪はくせ毛で、人によっては天パと呼ぶかもしれない。
顔立ちはというと、お母さん以外には男前と言ってもらえたためしは一度もない。そんなスペックだ。
先日、最後の高体連も終わり、三年間続けた柔道生活もついに引退となった。
ちなみに、公式試合では一勝もできなかった。全戦全敗ってやつだ。
うちの高校は私立。特に格闘技には力を入れている。柔道部の顧問は二十代で五段を取得した凄腕をわざわざ東京から招へいしているんだ。
後、都市伝説だけど校長先生は若いころに拳闘に明け暮れていたとかなんとか。それは嘘っぽいけど。
まぁ、とにかく体育会系の学校なんだ。
「遅いぞタッキー」
「坂道は電動に敵わないって!」
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