秘める想い、始まりに咲き誇る無彩の華・壱

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秘める想い、始まりに咲き誇る無彩の華・壱

 きっかけは、世界からすればどこまでも矮小なものだったが、当時の(はな)(づな)(かおる)からすれば、今まで生きてきた十年間の全てを打ち崩されたといっても過言ではないほどの出来事だった。  膝をついた薫の元にまで、血溜まりは広がっている。  彼女の視線の先にはその根源―――先ほどまでは一緒に笑っていたのに、突然薫のことを突き飛ばすと、体が〝何か〟で引き裂かれたかのように血を吹き出して倒れた、男の子に向けられていた。  誰か、助けを呼ばないと。  頭の中では分かっているのに、体に力が入らず、喉が委縮してしまっていて叫び声すらあげることが出来ない。目頭が熱くなって、涙が零れ落ちて、ただ手を伸ばすことしか出来なかった。  何も、ただ。それだけしか出来なかった事実。  〝大丈夫……だから……泣かないで、ね……?〟  伸ばされた手に応えるように、地に伏していた少年は、痛む体を引きずって薫の元に寄り、手を伸ばすと、触れあった指先同士を、握り合う。  ―――大丈夫なはず、ないのに。  留まることなく、少年の体は血を流し続けている。当たり前だ、少年の肩から胸にかけて刃で、否、〝生き物の牙〟のようなもので洋服ごと切り裂かれた歪んだ傷が、痛くないわけがない。顔の血の気も、もうすっかり失せてしまっている。  早く、早く、〝助けを呼ばないと〟―――。  〝無〟力な自身を後悔したのは、この時が初めてだったことを、薫は覚えている。  きっかけは世界の意思からすれば、どこまでもちっぽけなものであったけれど。  華維薫にとっては、今までの平穏な時間を全て擲ってまで自身の〝力〟と向き合い、受け入れ、〝無彩〟へと手を伸ばす覚悟を決した出来事だった。 ○○○  薫はふと目を覚ますと、小さく息をつき、大きく寝返りを打ってうつ伏せになった。  久しく見ていなかった昔の夢を見た気がする。そのためか、白い肌着が冷や汗ですっかり肌に貼りついてしまっていて、羽織っていて鬱陶しさすらあった。  汗で頬に貼りついた黒く長い髪を払うと。  「―――よし」  意を決したように呟き、起き上がると、簡素ではあるが布団を畳みあげ、部屋の隅にやる。
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