赤毛の猫

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 先生が「長い」と言う一日は私にとって一瞬のことだというのを知ったのが、先生が老猫をつれてきた翌日のことだった。  怪異絡みであるということで張り切る先生は、それでも朝は私が起こしに行かなければ起きやしない。毎朝の食事が汁粉一択になったのは私の朝の献立検討時間を削ってくれてありがたかったが、既にあの日の朝に汁粉を食べていたということもあって、「汁粉宣言」の翌日の今日、つまり二度目の汁粉の時点で私にはすっかり食欲がなくなってしまっていたものだから、結局米を炊き乾物を引っ張り出して、二人分の食事を作っていた日よりも長いことかかった。  先生のために努力をするだとか、先生のために時間を使うとあればそれはもう怪異のためにと張り切る先生くらいには私だって夢中で張り切るものだけれど、自分のためだなんてのはあんまりにもつまらなかった。  「さて三橋くん。今日はたくさん歩くからね。」  そんな風に先生は私に、歩きやすい靴、を要求した。うまいぐあいに私の古いのがきれいなまま残っているのを見つけた私は、それが私のだと言わないで先生の足に履かせ、元軍医たる彼が手際よくその靴に包帯を巻いて、自分の足に合わせていくのを見ていた。  「ちょうどいい、」  満足げに笑う先生はじっと私の目を見ていて、まるで見透かそうとするかのようなその視線に私は心の奥底のほうまでをひっくり返されているような気分になる。先生の視線はいつだって私のことを揺さぶる。  「君の足は私よりもすこし大きいようだね。けれど甲は低い。歩きなれていない、戦争のない足のように思えて私は好きだよ。」  私の調査は、猫たちへの聞き込みから始まった。  先生に汁粉を用意し、私は乾物をぼりぼりとやって米をかきこみ、先生の横でチャコさんは私のとっておきの削り節をふんふんとやったり、大口をあけてくっちゃくっちゃと堪能したりして、朝が終わった。先生はそのままチャコさんに聞き込みをするのだといい、歩きやすい靴、と私に注文をした割にはのんびりと三和土に足をぶらつかせ、チャコさんを膝に乗せて笑っていたものだから、どうしたものかとは思ったけれど、助手たる私に先生が依頼をしたのだ。その役割は大小に関わらず、私がやるべきことであるはずだと思い事務所を出た。
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