赤毛の猫

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 それは、おおよそ十一月のことだった。  肌寒くなりはじめた気温に抗うように、先生は私に朝いちばん、布団の中からぬくぬくと「どてらを持ってきてくれない、」と声を上げた。私はあくまで先生の助手兼恋人希望なのであって、小間使いではないのだけれど、などと思いはすれども、先生がころりと布団にくるまっているのを想像するだけで、その愛らしさにすべてを許してしまうのだから、恋は盲目とはよく言ったものだ。私の返事をしないのを、聞こえていないとか、無視するつもりだとか思ったのかしれない先生が、「どてらぁ」と二度めの鳴き声を上げたあたりで、その愛おしさは私に、せっかくだから、どてらを渡したその足で汁粉でも作ろうか、なんて思わせた。  「先生、これからもっと寒くなりますからね、今のうちから着込んでいては、冬がもちませんよ。」  「いいんだよ、だめになったら僕は冬眠する。」  「……先生、貴方が冬眠なんてしてしまったら、」  私はいったい何のために生きていればいいんです、なんて言いかけて、すんでのところで堪えた。私は己のこの自制心を、称賛に値すると思う。その代わりにつなげた、その間の怪異はどうするんですか、という言葉は、私の見込み通り、先生の身体を布団から起こすことに成功した。  「そりゃいけない、面白いことはいつだって、僕の目の前で起こってくれなくっちゃあ勿体ない。」  「そうでしょう、ほら、ではこれを着て、すこしお外を散歩でもなさってください。身体が温まりますよ。」  冬眠にならないための準備運動だな、と張り切って肩を回す先生は、歳でいうと私よりも実に十ほど上であるはずなのだけれど、その所作があまりに無邪気にすぎるがために、幼く見える。そこがまた愛おしいのだ。先生の身体や仕草に関していえば、どこをとっても愛おしくないところなどないのだが、それは私だけが知っていればいい。
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