赤毛の猫

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 お帰りまでに用意しておきますが、味噌汁と汁粉と、どちらがいいですか。見かけの割に頼りない背中を勇ましく揺らして歩くその背中に声をかけると、一拍もおかずに「汁粉だ汁粉」と返ってくる。  「頭を動かすには甘いもの、ですね。」  「分かっているじゃないか、ようやく私の助手が様になってきたかな。」  けれど、分かっているんなら聞いちゃあいけない、なんて、自分勝手な先生は話している間もずんずんと進んでいく。私がその言葉を最後まで聞けたのは、ひとえに、先生を見送るため玄関先までついて出たからだ。  「では先生、汁粉が冷めるまでにお戻りくださいね。」  「ああもちろん、私が怪異絡みではなく外に出て、そのまま長居したことがあったかね。」  自信満々に笑う、先生の眼鏡はゆがんでいる。ずいぶん以前からゆがみっぱなしで直っていないそれは、私が何度言っても眼鏡屋に修理に出すこともせず、買い替えることもしない代物だった。なんとなく、私はその眼鏡に嫉妬しそうになりながら、視線をそこから引きはがすように、頭を下げて送り出した。  ざく、ざく、という足音が徐々に遠ざかり、ふいにざざざっと勢いよく、走り出した。より正確には先生の走るのは足が上がっていないがためにほとんどすり足のような状態になるから、滑り出したといった方がいいのかもしれない。顔を上げて見ると、先生は走る毛玉を追いかけているようだった。赤茶けた色のそれは、先日女性が「うちの猫が喋った」と連れてきた、尾っぽの短いあいつに似ている。
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