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それまでにはクソ爺ィが先生に向って、あろうことか「散歩されてたのか」などと言ったり、といったひと悶着があったのだが、それでも爺ィが今も生きているのはひとえに、私が何か言うよりも前に先生が口を開いたからだ。丁度そのとき、私の腹の中はもうすっかり煮え上がった汁粉くらいにぶつぶつと沸いていた。
「いやあ、ご老齢があんまりにも元気でねえ、帰ってこられなくなりそうだったのだけれど、」
「送ってやったのだ、感謝しろ隣人たちよ。」
例の猫は、流暢なしゃがれ声を発してふん、と鼻を鳴らした。先生の見立てが誤ることなど片手で足りる程しか経験していないから予想はしていた。けれど予想していたというのと、猫が、軍帽を被った爺ィよりもずっと歳を食った人間の男の声で話すというのを素直に受け入れられるというのは話が別だと、私は思う。
「ご老齢、汁粉はいるか。」
「いらんわ若造。たかが子守、見返りなど求めん。」
「……というふうにまあご立派な御仁でね、ぼくの目も覚めたというわけだ。」
先生は、はしゃぎだすと非常に年少の子供のようになる。
そこを鑑みるに先生は恐らく、この猫を追いかけまわし、迷子にでもなって、それでもこの猫のことで頭をいっぱいにしてしまって話しかけ続けたのだろう。怪異絡みでなければ長く外にいることはない先生だが、逆に怪異絡みで半日帰ってこないことだってあった。周りのことなどなんにも見得なくなってしまうのだ。
そして、ご老齢、と呼ばれるこの猫は、きっと先生に根負けしたのだろう。
「……先生は、汁粉をお召しになりますか。」
「あぁ勿論、彼と話したいことが山ほどあるのでね、脳を停止させている暇などないさ。」
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