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さあ、今日も諦めて本殿へと帰ろうか。身体を動かすと風もないのに掛けてある絵馬が揺れて微かな音を立てた。こういうのを心霊現象だなんだと騒いで楽しむ人間もいるのだろう。俺は幽霊ではないのだが、目に見えず、声も聞こえずの存在ならば大した違いはなかろうか。
そんな事を考えながら本殿を目指していると、闇に紛れて傍を風の如く駆け抜けてゆく者があった。巻き起こった微風が頬を優しく撫でて、すぅっと消えた。
「おい、待て!」
慌てて振り向いても、そやつは足を止める事なく絵馬掛所へと掛けてゆく。
お前かもしれないじゃないか。
俺の待ち人は、お前かもしれないじゃないか。
手元が見にくいのだろう深く頭を下げて、右肩が細かく揺れている。まだ細いその肩の左側に顎を乗せて覗き込めば
ーー神様どうかお願いします。僕を助けてくださいーー
そこには見慣れた文言と癖字があった。
「確保」
「っわぁ! だっ誰!?」
「ん、あぁ、ここの神様」
少々驚かせたのは申し訳ないが、こうして顕現して捕まえないと俺はまた残された絵馬を見て頭をひねる事になるだろう。
「は? 嘘つけ、離れろヘンタイ」
「お前、存外と失礼なヤツだな」
太陽の最後の一筋が、黒い瞳を際立たせる。怯えの気配はない。ただ、気を許されたわけでもないのは、俺を引き剥がそうとする身体の動きで解る。
「お前はこうも願っている。神様、僕を殺してください、だ。違わないだろう?」
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