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先生の尋問も踏まえた面談の結果、俺も含め、遥斗を虐めていた奴等全員、反省文のみの処分となった。その処分自体、甘いようにも感じたが、学園ドラマのように問題が起きたから謹慎させるというのは、現実には中々難しい選択なのだろう。しかし、結果として遥斗の虐めはぱたりと無くなった。主犯の奴も大人しくなり、それ以上俺が不満を溢すのもどうかと思い、この件は蒸し返す事はしなかった。遥斗にとっても思い出したくない事だろうから。
ただ問題が一つ。
あの事件の日から、遥香が咄嗟についた嘘を演じなければならず、それが少し精神的な負担となった。遥斗には本当の事を言っても良いと思っているのだが、遥香に暫く遥斗にも内緒にして欲しいとお願いされ、それが心苦しかった。そして次第に、三人で過ごす時間より、俺と遥香二人で過ごす時間の方が長くなった。なんとなくだが、遥斗か俺達といるのを避けている、そんな風に感じる事が増えていた。
そういう日々が続く中、遥香への呼称が自然と「ハル」へと変化したのはほぼ無意識の中だった。
「ーー川原君ってさ、遥斗の事を好きになりかけてたから、それを認めたくなくて、遥斗の事を虐めてたのかも」
ハルと帰宅してる最中、彼女はポツリと小さく話し始めた。
「突然何を言い出すのかと思えば……。ていうか川原って誰?」
「遥斗を虐めてた奴。私、彼とは一年の時に同級生だったの」
川原、ああ、確かにそういう名字だったかもしれない。
顔すらも思い出したくないと思っていた人物なのに。今更、ソイツがどうしたと言うんだ……。突然の話題に、少し苛立った。
「川原君ってさ、確かに素行は良い方ではなかったけど、誰かを虐めるような性格じゃなかったんだよね。それこそ、誰とでも分け隔てなく話すタイプ。だから、少し気になって二年になってからの彼の様子を、遥斗のクラスの子に聞いたら、最初は割合と遥斗と仲が良かったみたいなの」
「え? なにそれ」
「別に良くつるんでるとか、そこまでの仲では無かったみたいだけど、クラスに馴染めないでいる遥斗に話し掛けたり、どちらかというと川原君が遥斗を気に掛けてあげてたりしてたんだって」
「じゃあ、何で遥斗を虐めたの? 意味わかんないんだけど」
「そこなんだけどね。……自分の気持ちを認めたくなかったんじゃない?」
「どういうこと?」
「彼が私に告白してきたのは知ってるでしょ? でも本当は、川原君が好きだったのは、私じゃなかったんじゃないかな。……きっと、遥斗だったんだよ」
は?
なんだそれ。
「それこそ意味が分からない。第一、遥斗は男だし」
「それ」
「え?」
「その男だしっていうの。遥斗の前では絶対に言わないでね」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味よ。……川原君もそれと同じだったんだよ。同性にドキドキしちゃうのに戸惑って、だんだんとそれに苛立つようになって、その矛先が遥斗に行っちゃったんじゃないかな」
「……あいつが、やけに俺と遥斗に突っ掛かってホモと喚いていたのもそのせいってこと?」
「うん、そうだと思う。だって彼、私に告白した時、なんとなくだけど、私の事を好きってわけじゃないんだろうなって感じたんだよね。遥斗への気持ちを誤魔化す為に告白しちゃったのか、遥斗と似てる顔を持つ私を好きって事にしたかったのか、色々と心の中、ぐっちゃぐちゃになっちゃったんだろうね」
「……理由がどうであれ、遥斗へしたことが消えるわけじゃないし、俺は許すつもりないよ」
「……うん、私も。でも、彼のぐちゃぐちゃした気持ち、分かっちゃうなって。心の中がぐちゃぐちゃしちゃうと、自分でそれをどうにかしようとしてもうまく出来なくて、空回りしちゃうんだよね」
「……ハルは、何でも器用にこなしるじゃん」
「そう見えるだけだよ。私だってロボットじゃない。戸惑うことも迷うことも間違うこともある。でも、私の場合は、そういう時間が勿体無くてさ、だから、間違いであっても進みたいって気持ちが大きいんだ」
彼女の言葉が、一体何を差しているのか直ぐに分かった。
子供が欲しいーー今の遥香はその事を強く切望しているようだ。
「……ハル、子供のことなんだけど」
「……うん。私の勝手なお願いなのに、真剣に向き合ってくれてありがとう……」
「やっぱりオッケーは出来ない」
「……うん。でも考えてくれてるみたいで嬉しいよ。瑠依のそういうところ、本当に好きだよ」
ハルは立ち上がり、眩しい夕日を背に、此方を振り向き微笑んだ。
その姿があまりにも綺麗で儚くて、思わず目を奪われた。
柔らかく微笑む姿は、遥斗と似てるんだな。
「……ハルは、自分に真っ直ぐで、行動も言葉もはっきりしていて、その姿はどんどん周りを引き込んでいくから、なんだかとても眩しいよ」
ハルが太陽のように力強い明るさを放つなら、遥斗は月のように厳かに静かな光であたりを照らす。
対照的な二人だけど、どちらも同じ空で輝き、人々を包んでいる。
そのどちらにも惹かれるものがあり、同時に魅了されている自分がいる。
二人とも、俺にとっては大切な存在だ。
もしどちらかを選ばないといけないとしたら、俺は……。
「僕、瑠依と遥香が付き合ってたの知らなかった」
久しぶりに遥斗と二人で下校している途中で、遥斗は小さな声で言った。
「……ごめん、秘密にしてて」
「……うん、ただ……少し寂しいなって」
「そうだよね……」
こんな悲しい顔をさせたいわけじゃないのに……。
正直、遥香が何を考えているのか全く分からない。意図が見えない。
一度、じっくりとハルと話す必要がある。
そして、遥斗にも確認したい事があった。
「……あのさ、遥斗」
「何……?」
「ハルは、最近変わった事とかない?」
「? 無いと思うけど……」
「なら良いんだけど」
「……変なの。僕なんかより、付き合ってる瑠依の方が知ってるんじゃないの?」
「……そんなことないよ。遥斗と遥ハルの仲には到底敵わない。……特に、変わった様子が無いなら良いんだ」
「何か心配事でもあるの? 大丈夫だとは思うけど僕も遥香のこと気にしてみるよ」
「うん、ありがとう……、あと、一つ訊きたい事があるんだけどーーもし、ハルが自分が死ぬかもしれないような危ない事を望んだら、遥斗だったらどうする?」
「え、どういうこと……?」
「うーん、例えば……、世界一周したいとか、トライアスロンに挑戦したいとか、……子供が欲しい、とか……」
嘘の中に本当の事を交えて訊く。こんな質問をするのは無神経だと分かっているが、遥斗の考えを訊きたかった。
ハルの身体の事を何よりも大切に思っている彼の事だから、きっと反対するだろう、そう思っていた。
「……それは確かに色々と危ないね。でも、そうだなーー、うーん……、遥香がそれを本当に望んでるなら、僕は出来る限りの事をしたいと思うよ」
ーーえ?
「……反対は、しないの?」
「反対はするけど。遥香の気持ちも大切だから。だって遥香の願いなんでしょ? そりゃあ、遥香の身体の事は心配だけど、人はいつかは死ぬ生き物だから、それがどういう事か遥香はその事を他の誰よりも良く分かっているはず。だから、今まで自分のやりたい事を満足に出来なくて辛い気持ちばかりした遥香の願いだったら、僕はどんな事でも協力したい。きっと、生きるってそういう事だから」
「……生きる……?」
「毎日何となく朝起きてご飯を食べて適当に過ごして寝るような僕と違い、遥香の背負ってる時間は、時限爆弾みたいにいつ爆発するか分からない音をたてて、遥香に今の価値を教えてるようなもんなんだよね。だから、遥香がやりたい事は挑戦して欲しい。やらなかった事に後悔する時間はきっと遥香にないから」
「……で、でも、それでハルが死んだら……」
「勿論、悲しいよ、辛い。遥香には一日でも長く生きて欲しい。できれば僕がおじいちゃんになるまでずっと。でも、生きる事にとらわれて遥香の願いが叶わなくなっちゃったら、きっと遥香は後悔しちゃうんじゃないかな。遥香は遥香のしたいように生きれば良い」
遥斗らしい考えだと思った。
俺は、一日でも長く生きる事が遥香の為だと思っていた。勿論、それは間違いではないだろう。
でも、生きるという事は、それだけじゃないのかもしれない。
「ーーもしかして、瑠依、遥香に難しい頼み事でもされた?」
「え……?」
「最近ずっと心ここにあらずって感じで心配してたところに、今の質問がきたから」
相変わらず鋭いな、遥斗は。
「いや、何も頼まれてないよ。……ハルと付き合っていくのに今後の参考にしようと思ってただけ」
「……そっか」
俺の言葉に、遥斗の顔が少しだけ曇った。
「……?」
遥斗への虐めは無くなった様子だが、あの日以来、彼の表情はどこか浮かない。笑っているのに、無理しているようだった。
何かあったのかーーそう訊こうと思ったが、幼馴染みがいちいち干渉するのも出過ぎるように感じ、気にかかる気持ちを抑え、その日は、遥斗の家の前で別れた。
ハルと二人きりになれたのは、それから二週間後の事だった。
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