0人が本棚に入れています
本棚に追加
「っぅ、いてぇ」
朝。朝霧の出ている石造りの建物が立ち並ぶ通りをハワードは歩いていた。裏酒場で朝まで飲み明かしていたのだろう。ふらついてはいないが、頭痛が酷いのか頭を押さえていた。
禁酒の時代だからこそ飲みたいと思うのは人の常だ。それでも限度というものがある。昨晩は少しばかり飲みすぎていた。
歩く振動で鈍い頭痛を感じながらハワードは自宅へと辿り着いた。そこでふと、何やら付近が騒がしいことに気が付く。
朝霧に包まれたいつも通りの朝。そこにガスマスクを警邏たちが忙しなく歩き回っていることに気が付いたのだ。その中の一人がハワードに気が付いてやってくる。
「労働種の雌を見なかったか。猫の娘だ」
「あん? 知らねえよ」
「そうか」
「それよりそこの浮浪者をどっか持って行ってくれよ。昨日からそこで野垂れ死んでて迷惑なんだよ」
そうハワードが言うが、しかし警邏はまったくそんなことなど知らないとばかりにガスマスクの中の視線を真っ直ぐ進行方向に向けたまま機械のように歩いていく。
そのあまりにも機械的すぎる行動には、中身が歯車だとか言われても信じられるだろう。浮浪者が死んだと言うのに眉一つ動かすことなく歩調も変わらずただただ歩いていく。
あれにとって大事なのは都市中央区――碩学街の治安と、この都市の発展を支える碩学たちの頭脳であって、浮浪者ではない。問題らしい問題が起きていなければ動かないのも当然であった。
あのガスマスクも自分たちの汚ならしい呼気が碩学たちを害することを防ぐためという筋金入りの碩学崇拝者で気狂いどもだ。浮浪者など、いいや碩学様以外は自分たちすら塵屑以下の存在でしかないのだろう。
「やれやれ」
警邏が役に立たないとあれば自分で処理しなければならないが、浮浪者の処理など金をもらわなければやりたいとは思わないが、腐られても困るのだ。
最初のコメントを投稿しよう!