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「逃げたのか」
労働種ならば首筋にあるはずの首輪がないのを見てハワードはそう結論付ける。
「やれやれ、厄介ごとだ……」
本当ならばこのまま縛り上げて警邏に引き渡すのが良いのだろう。それが市民として当たり前の行動ですべき行動だ。
労働種をかばったところで得にはならない。むしろ損をする。もし逃がしてそのままこの労働種が捕まれば同時にハワードも警邏に処理されるだろう。
労働種は労働する為に作られた者たちだ。それが労働を放棄した。重罪だ。それを逃がした者も同時に重罪だ。
だから逃がさずさっさと警邏に受け渡した方が合理的である。だが、
「…………」
閉じられた瞼から流れ出る涙。血まみれの足。酷使したのだろう腫れあがった脚。必死だったのだろう。逃げて、逃げて、逃げてここで力尽きたのだ。
ハワードは面倒くさそうに頭を掻く。
「やれやれ。俺も焼きが回ったかね。ごほっ――」
咳を受けた手の平を見る。
「……そうだったな」
何かを決めたように拳を握りしめたハワードは、少女へ布を再び被せる。それから少女を抱え上げ隣の寝室のベッドへと起こさないように移動させ、慣れた手つきで治療を施す。
それが終わると扉を閉めることもなく、リビングへと戻りスプリングがほとんど死んでいる安物のソファーへとどかりと腰かけた。
「……何をやってるんだ。俺は、らしくもねえ」
そして、自嘲気味につぶやく。
合理的ではない。まったく何をやっているんだ。言葉と共に溢れだした内心の疑問には答えなどでなかった。
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