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わずかな音で目を覚ます。己の鋭い聴覚を少女は自覚しているゆえに、本当に微かな音でも聞き逃さない。
僅かな機械音。歯車が回り蒸気が循環する機関機械(エンジンマシン)の駆動音だ。
「――っ!」
追手か。そう思い、彼女は跳び起きる。かぶっていた布が宙を舞うのも構わず四肢で以て床へと立つ。
油断なく、彼女は足音を立てないように開いていた扉の向こう側を見る。暗い部屋の中。どれほど寝たのか。どうやら寝すぎたようだ。
そこにはどっかくたびれたような右目に眼帯を付けた男が一人。白髪交じりの黒髪にどこか濁った青い瞳の男だ。機関製大量生産品である安物ながら機能性抜群とされる裏にも表にもポケットの多い褐色のコートを身に纏っている。
見えにくいがその腰には銃帯を付けているようだった。何処から見ても普通の男だ。警邏ではない。
それでも油断はできなかった。尾や耳の毛が逆立つ。その理由は決して銃ではない。大口径リボルバー。それは、少女は知る由もないがその銃は、工場生産がほとんどの時代で職人の手作業で部品の一つ一つを作られた銃である。
名を巨人殺し。通称GKとも呼ばれる。傑作リボルバーの一つでありその名の通り巨人すらも殺しうるほどの威力を持つという触れ込みの拳銃だ。
しかし、油断できないのはその銃の威力を本能が嗅ぎ分けたからではない。労働種である少女にとっては銃を向けられて撃鉄をおろし引き金を引くまでの短い間で逃げることが出来る。
その少女の労働種としての野生の本能が告げていたのだ、逃げられないと。鋭い嗅覚と聴覚が男の右腕に気を付けろ。そう言っている。
その鋼鉄の右腕に。そう鋼鉄の右腕だ。篭手ではない。少女の耳には中から歯車と蒸気圧の奏でる音が響いているのが聞こえている。
鼻には微かな油の匂いがしていることが感じられた。つまりそれは、その腕が機関製の義手であること。
今時、機関製の義手など珍しくもない。工場で働く者なら週に一度か二度は起こる事故で身体のどこかを失っている。
窓の外の通りを見渡せば、労働を終えて家に帰ろうとしている男の大半は身体の一部が鈍色の輝きをあげていることが見て取れるだろう。
しかし、男の義手はそれらとは違う。戦うためのもの。血の匂いの染みついた武器だ。
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