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――どうする。
少女が考え込んでいると、
「……そんなところにいないでこっちに来たらどうだ」
目を閉じていた男が少女を見ながらそう言った。そこに敵意はなかった。労働種はそういう匂いに敏感だ。嘘ですら嗅ぎ分ける。
だが、それだけだ。敵意がないだけ。警戒は解かず少女はおずおずと扉の影から出てくる。
「起きたか。気分は、どうだ」
「…………」
男の問いに少女は答えない。
「そう警戒するな、お前を警邏に突きだす気はない。突きだすなら、とっくの昔にお前は眠っていられないだろうさ」
「…………なんで」
おずおずと少女が問う。か細い声だ。ろくに教育も受けられない労働種だ。その言葉はたどたどしい。しかし、聞き取れないほどではない。
しかし、あまりにか細い為、男は一度聞き返した。間違った答えを返さないようにする大人としての常識だ。
「あん?」
「…………なんで」
「さあな。気まぐれだ。信じられないか?」
男の問いに少女は頷く。
「だろうな。俺だってお前の立場なら信じられんだろうからな。だが、事実だ。気まぐれでお前を助けた。ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………どうするの」
「どうもしない。俺はお前をどうこうするつもりはない。出ていきたいなら出ていけ。ここにいたいのなら好きにしろ。どうせ、行くところなんてないだろう。俺の気が変わらないうちは、家に置いておいてやる。感謝しろ」
「…………」
少女には男の言っていることがわかる。生まれて十年、言葉は年上の仲間たちに教えてもらった。喋るのは苦手だが、聞き取る方はそれなりに出来る。
だから、男が言っていることはわかが不可解。労働種というものは差別階級であると少女は仲間たちに教えられた。さげすまれ、働かされるだけに生まれたのだと少女に鞭打つ男も言っていたのを覚えている。
逃げた時も人に会えば石を投げられたりしたものだ。だからこそ、男の態度が理解できないのだ。逃げ出した労働種が人間に見つかれば問答無用で殺されるか、警邏に突きだされるかのどちらかだと教えられもした。
だというのにそのどちらもせずに好きにしろという人間がいる。少女の常識からは考えられなかった。男が嘘をついていないこともわかるのだ。
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