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「本当にすごい部屋……。ひとりで使うのもったいないな……」 瑠璃は煌びやかな調度品を横目で見ながら、仕切りの向こうへ行った。 「美味しそう……!」 そこには豪勢なひとり分の食事が並んでいた。 「あれ?」 テーブルの隅に、小さく折りたたまれた紙があった。 広げてみると、綺麗な文字で『瑠璃ちゃんへ お手数だけど食器は部屋の外に置いといてちょうだい 咲久』と鉛筆の様なもので書かれていた。 「妖界に鉛筆なんてあったんだ……。レトロ街かな?」 瑠璃は自分が思ったよりも妖界が進んでいる事に驚きながら、夕餉を食べ始めた。 豪勢な夕餉はなかなかの美味ではあったが、瑠璃には少し物足りなく感じた。 「恭さん、どうしてるかな……?」 瑠璃は食器を部屋の外へ置くと、布団に入った。 恭がくれた耳飾りに祈るように触れてから、瑠璃は眠った。 翌朝、まだ陽が昇ったばかりだと言うのに瑠璃は起きてしまった。 「何時なんだろ?恭さん、朝餉食べてから来るのかな……?」 瑠璃は少し寂しいと思いながら、窓の外を見た。 「え?」 焦げ茶色の髪をなびかせた恭が、猫の湯に向かって歩いているのが見えた。 瑠璃は身支度を整えると、早足で下に降りた。 「あら瑠璃ちゃん、おはよう。恭の旦那が来てるわよ」 憩いの場に行くと、咲久が笑顔で言う。 その隣には無表情の恭が立っている 「はい、窓から見えました」 「ですって、旦那」 咲久はにやつきながら恭を見る。 「……お代は?」 「お代は結構よ。ささやかだけど、これくらいのお礼はさせてちょうだい」 (ささやか?) 瑠璃は内心首を傾げる。 「ではそうさせていただこう。瑠璃、帰るぞ」 「はい」 「いつでも来てちょうだいな」 ふたりは咲久に見送られ、猫の湯を後にした。 恭の方から無言で手を握ってきた。 瑠璃がドキドキしながら恭を見上げると、彼は何故か悲しそうな目をしていた。
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