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春と夏が入り交じった風が吹く5月、車の後部座席で寝転びながら妖怪の本を広げる少女。母の趣味で襟に花の刺繍が施された水色のブラウスに、紺色のロングスカートをはいている。9歳にしては少し大人びた顔立ちの彼女によく似合うが、本人は時折鬱陶しそうに足をバタつかせる。
「瑠璃、本ばっか読んでて気持ち悪くならない?」
助手席に座っている母は、振り返ると心配そうに声をかける。
「平気だもん」
瑠璃と呼ばれた少女は母の顔を見てそう言うと、すぐさま視界を本に戻す。
「新しい町には妖怪いるかなー?」
瑠璃は楽しそうに本のページをめくる。
「もう、妖怪なんているわけないでしょ?」
「いや、分からないぞ。見た事ないからいないと決めつけるのは、早合点というものさ」
父は妖怪を否定する母をなだめるように言う。
「そーだよ、妖怪はいるもん!」
「はいはい、お母さんが悪かったわよ」
ムキになる瑠璃に、母は投げやりに降参した。
車内はこうして時折にぎやかになりながら昼過ぎに目的地に到着した。
「ほら着いたぞ」
父はそう言って車から降りると、伸びをした。母も降りると伸びをしながら新しい家を見る。これからこの黒田一家が生活する家だ。
瑠璃は少し遅れて本を抱えて降りる。
「わぁ、おっきいおうちー!」
瑠璃は二階建ての新居を見上げながら大きな声で言う。
家に入ると先に運ばれていたダンボールの山がお出迎えしてくれる。
「片付けはご近所さんに挨拶して、ごはん食べてからだな」
父の言葉にふたりは頷き、車に戻って菓子折りを持つと近所の家を数件と、班長の家を訪ねてまわった。
途中コンビニで弁当を買って家に帰り、少し遅い昼食が始まる。
「今日は布団とか台所の物とか、必要なものや割れ物を優先して片付けて、あとは明日にまわそうか」
父は食事をしながら計画を立てる。
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