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三月に入って間もなく、乙女はやつれた顔でやってきた。声がひどく掠れとる。疫病神め、容赦ないのう。
「私、萩野君にひどいことしようとしてたんだね」
「そういうことじゃ。で、そのハギノクンはどうした?」
「ちゃんと県立に受かったよ。明後日……お別れなんだ」
乙女が卒業を迎える日、ワシは春風に乗って、乙女が通う中学校を覗きに行った。すでに式は終わったようで、大勢の人間が外に出ておった。
あの乙女もおる。少し離れた所に立っているのがハギノクンじゃな。
旅立つ二人へ、ワシからささやかな祝いをやろう。
早すぎる桜の花びらが、男の目の前を舞う。ふわりふわりと風に吹かれ、それは乙女の足元へ……。
「あ、篠崎さん。風邪の具合どう? 今日、式に出られて良かったな」
言いながら、男は乙女に駆け寄っていく。
「俺、篠崎さんと同じ高校に行きたかった。でも、父さんのことがあって……」
まだ声が掠れる乙女は、静かに男の胸に顔を寄せた。
その後、二人がどんな話をしたのか、ワシは知らん。縁結びの神は、野暮では務まらんのでな。
(了)
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