プロローグ

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 殴打の音がする。頬に拳が撃ち込まれ、逆側の頬肉がブルリと揺れる。「止めて!」そんな声を出しても無駄だ。分かっていても言わずにはいられなかった。帰ってくるのは嘲笑。そして殴打、蹴り、蹴り、また蹴り、殴打。次は足を払われて、顔を踏みつけられた。  殴られているのは太った少年だ。学ランを着ているというよりは、学ランから贅肉がはみ出しているという見た目だった。石が敷き詰められた河原の上で彼は数名の不良から暴力を受けていた。ありたいに言って虐めだ。  彼らのすぐそばには太陽の光を受けて煌めく川。遠い向こう岸には家々や商店が立ち並んでいる。彼らのいる場所から少し離れたところには薄緑色の橋が架かっていて、白い車が走っていく。  今は朝の10時ごろ。晴天の下で人をサンドバッグにする音が飽くことなく鳴り続ける。どんくさそうな被害者は耐え切れずに頭を抱えて丸くなった。調子に乗った不良たちが蹴とばし、踏みつける。  不良たちの一人がその輪から離れ、太った少年の鞄を持ち上げた。中身をぶちまけ、川に放り捨てる。ずっと使ってきた筆箱、もう履くことはないであろう上靴……最後に黒い筒を開け、中に入っていた紙を引きずり出した。卒業証書……名前の部分には「ジュン」と読める漢字が書かれていた。それも川の中に放り捨てた。  あれは証だ。中学校を卒業したというだけではない。このような虐めにあっても、休まずに学校に生き続けたという自分なりに戦って得た名誉の証だ。それが流されていく。水を吸って、ふやけて、沈んでいった。  太った少年は動くことも手を伸ばすことも無かった。ただ踏みつけられるのを必死に耐えるしかなかった。  どれぐらいそうしていただろう。いつの間にか不良たちもいなくなり、少年は河原で一人蹲っていた。頭が痛い。指は折れているのかもしれない。治療費は出してもらえるだろうか。期待しないほうが良い。口の中は切れていて、血の味が広がる。  顔を上げる。近くに鞄があった。三年間使っていたそれは無残に切り裂かれていた。カッターナイフでも使ったのだろう。拾いに行こうとして気づく。靴が無かった。両方だ。多分、殴られているときに脱がされて、川に捨てられたのだろう。今日はいつも以上に過激だった。  だが、これはもうしばらくしたら、再会されるのだ。だって進学先が同じなのだから。
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