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不思議と涙は出なかった。何とか体を起こそうとするが、できなかった。体中が痛い。もうしばらくは動けそうになかった。
足音がした。小石を踏みながら近づいてくる音だ。恐る恐ると顔を上げる。一人の少年がいた。すらっとした体つきが印象的だ。自分と同じ学ランを着ている。
太った少年は全身を震わせた。この目の前の少年が、先ほどの不良グループだからではない。もっと……それ以上に恐ろしいものだったからだ。
彼は太った少年を見下ろしていた。その目には冷たい色が浮かんでいた。
「なんで生きてるんだよ、兄さん……」
少年の肥えた顔が見る見るうちに歪んでいった。体を起こし、素足で河原を走っていく。いや、弟から逃げていく。彼は走る。ただひたすらに走る。
それはどれぐらい前のことだろう。ジュンは緑生い茂る道を走っていた。青を基調とした動きやすい服装でだ。その上には防寒対策も兼ねたボロ臭い茶色いマントを羽織っている。そして腰には長剣……模型ではなく、本物だ。
21世紀の日本では到底考えられない格好で、ジュンは森の中にある使われなくなった道を、仲間二人と共に走っている。土がむき出しになった道に、太い木の根っこが伸びていた。それを身軽に飛び越える。
「敵、何人いるんだろ?」
隣を走っている赤い髪の女の子が尋ねた。ジュンは後ろを振り返る。うっそうとした草木が、こちらの速度に合わせて後ろに流れていくだけ。生き物の姿は見えない。だが……いる。確か近づいてきている。蹄の音が確かにこちらに向かってきている。
「散らばる?」
「無駄だ。どのみち追いつかれる」
少女の質問には、前を走っているもう一人の仲間……リーダーが答えた。
「じゃあ、どうするの?」
少女の質問に、リーダーは答えない。目は一点を凝視している。彼も出せないのだ。この状況下で、生き延びられる答えが。
ジュンは二人と違って、一言も発することなく走り続けていた。
冗談じゃない。
なんでこんなことになったのだろう。と自問する。今日は簡単な仕事だったはずだ。昔の……太っていた頃の自分とは違うと証明するつもりだった。なのに、なぜこんなことに……。
ガツンと音が鳴った。つま先に激痛が走り、視界が回った。石か何かに躓いたのだ。頭から盛大に地面に落ちて、二、三回転がった。
「ジュン!」
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