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泣いて真っ赤に染まった顔で、花衣は一砥と見つめ合った。
その瞳が訴えるものに、一砥は胸の奥がざわつくのを感じた。
「……嘘じゃない」
咄嗟に目を逸らしそうになりながら、一砥は真剣に訴えた。
「君の存在は、迷惑なんかじゃない。むしろ、いてくれないと困る……」
「本当に……?」
「本当だ」
「じゃあ……」
心の中の溜まったものを吐き出すように、花衣は言った。
「私のこと、名前で呼んで下さい」
「何?」
思いがけないその申し出に、一砥は思いきり戸惑った。
「苗字でなく、名前で呼んで下さい……」
「それは……」
「ダメですか」
「…………」
一瞬無言になった一砥は、しかし思い切って、「花衣」と彼女の名を呼んだ。
その言葉を口にした途端、彼の中で何かが生まれた。
それが何なのか分からないまま、一砥は彼女の目を真っ直ぐに見つめ、「花衣」ともう一度その名を呼んだ。
「はい……」
念願叶い、花衣は嬉しそうに微笑んだ。
一砥に名前を呼ばれた瞬間、彼女の世界もその色を変えた。
愛とか恋とか、そんな言葉を認識するより前に、その心が強くストレートに訴えていた。
(私、この人が好きだ……。すごくすごく、好きなんだ……)
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