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「マティーニを」 「はい」 久しぶりにオールド・ディックのカウンター前に座った。 昔馴染みのバーだから、やたらに背の高いストゥールも妙に体に馴染む。 「ああ、言い忘れたが、マティーニはストレートアップで」 「了解です。ここは日本ですから大丈夫ですよ」 バーテンは手を動かしながら、ボソッと呟いた。 今やアメリカじゃ、マティーニとだけ頼めば、だいたいウオッカ・マティーニのオン・ザ・ロックのことを指す。 俺がLAに居た頃も、すでにそんな店が多かった。 だからカクテルグラスに入った普通のマティーニが飲みたい時は、老舗のバーだと、あちらから「ストレート・アップ?」と聞いてくれたが、だいたいは「ストレートアップで」とこちらから付け足さなきゃならなかった。 ウォッカじゃなくジン・マティーニが飲みたきゃ、その旨も伝える必要があった。 その頃の癖がついつい出たが、日本じゃジン・マティーニが飲みたければ、マティーニを、とだけ言えばいい。 バーテンは今日も昔ながらのバーテンスタイルの服装で、糊の利いたシャツを着て、俺の目の前で実直に職務を遂行している。 「再開発の波には勝てないんじゃなかったのか?」     
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