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「まだ何も考えていません。邸や株を売ったお金も、ある施設に半分ほど寄付するつもりです。私が貰っていい遺産だとは思えませんので」
「そうですか」
その後、静華は「コーヒーでも?」と尋ねてから、俺に軽く会釈してキッチンに向かい、しばらくしてコーヒーカップを二つ持ってきた。
俺は静華に礼を言ってから、コーヒーカップに口をつけた。
ハワイコナの香りが鼻腔に拡がる。
「その、ある施設というのに、先日行ってきましたよ」
俺はコーヒーカップから口を離すと、すぐにそう告げた。
「え?そうですか。でも、何でまた?」
静華はキョトンとした顔をした。
「いえね、あなたが大金を寄付される施設がどんなところなのか、ちょっと気になったものですからね」
「そうですか」
「あの児童擁護施設は、あなたが子供の頃入っていた施設だったんですね」
「ええ、そうです」
静華は別段当然のことのようにそう言った。
「なるほど。昔世話になった施設に恩返しというわけですか」
「あの施設が維持費に困っている話を、前から聞いていましたから。どうしてもあそこを無くすわけにはいかないのです。私みたいな親がいなかった子供にとって、あそこがどれだけ支えになってくれたか、身に染みて知っていますから。あの施設が無かったら、今の私はありませんから。あの施設は絶対に必要な場所なんです」
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