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「この間、昔の知り合いに会いましてね。二度と会いたくもない野郎でしたが、おたくの邸の前で顔を合わせました」
俺は目の前にいる上原静華にそう告げた。
「そうですか」
コーヒーカップを手にしながら、静華は興味無さそうに言った。
「あなたの邸の壁のそばにキャディラックを違法駐車して、タバコを吸ってたんで注意しておきましたよ。昔からタチの悪い野郎でね」
「ありがとうございます」
礼を言われるほどのことじゃない。
「でも奴はおたくの邸の中をチラチラ覗き、邸を監視するよう自分のボスに頼まれたそうです。そのボスも誰かに依頼されて奴に監視を頼んだようですが、依頼したのは旦那さんですかね?それともあなた?」
「知りません。私が頼むということはないですよ。そんな監視を頼んでおいて、夫を撃つなんてことは出来ませんしね」
静華は端正な美しい顔を不思議そうに傾けた。
「まあそうでしょうな。行動が矛盾しますしね。しかしああいう野郎がウロウロしているだけでなく、邸の監視まで依頼されていたというのは、あまり穏やかな話ではありませんね」
「はあ」
「あいつは年季の入った反社会勢力の一員ってやつでね、ああいう野郎がわざわざ絡んでるとなると、旦那さんが消えた話には別の物件も絡んでるんじゃないかと邪推したくもなります」
「別の物件?」
静華はアーモンド型の綺麗な瞳をクルクルと戸惑わせながら見開いた。
「それが何かはまだわかりません。しかし夫婦喧嘩の末の殺人未遂や、失踪、または単なる死体消失話ではないということになる」
「あの…あの人が、裏社会と繋がってたということですか?」
静華は怯えるように、整った美形の顔をひどく強張らせた。
「あくまで可能性の話です。それに、これはただの憶測です」
俺はコーヒーを飲んでから、チリにクラッカーを砕いてまぶし、チリを食べた。
このダイナーのチリはうまい。
チリにクラッカーをまぶす食べ方は「刑事コロンボ」のコロンボ刑事から教わった。
そう言えば、コロンボは何かの事件の時、リス肉のチリを食べて「いける」と言っていたのを思い出した。
リス肉と言えば英国料理だろうが、最近では日本のジビエ料理で使われているから、そのうち俺にも、リス肉のチリが食べられる機会があるかもしれない。
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