1.受難

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  (なんて言おう……)  結局それほどの嘘が思い浮かばない。 「すみません、俺、約束あったの忘れてて。今怒られちゃったんでそっち行きます。せっかく誘ってくださったのに申し訳ないです」 「なに、彼女?」 「いえ! 友だちです。大事な相談があるって言われてたんです」 「ほんとに?」  じっと見つめられ返事が少し遅れた。 「はい」 「そう。残念! また誘うからさ、今度ゆっくり話聞かせてよ」 「分かりました。ホントにすみません」  ホッとして店を出た。 (最後に握手したのはなんでだろう?)  差し出された手を思わず握った。少し間が空いて手を離された。その手は10月だというのにしっとりと汗ばんでいた。  真っ直ぐにマンションには向かえない。そう思ってふと思いついた。 「蓮?」 『どうした、別れたか』 「うん。でも真っ直ぐそこに帰るのマズいだろうからおばちゃんのとこに行くよ」  ちょっと蓮が考えている。 『分かった。先に食ってろ、俺も行く。車で行くからな』 「分かった。待ってる」  あれから何回か蓮と行っている焼き鳥屋。ジェイはすっかりおばちゃんに気に入られていた。 「あら、久し振りね! ジェイちゃん、今日は蓮ちゃんと一緒じゃないの?」  おばちゃんは『ジェイちゃん』と呼ぶ。それが恥ずかしくてついジェイは無沙汰をしてしまう。けれど今日はおばちゃんの顔を見てほっとした。   
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