3.見失う

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   車の中でジェイの言葉は少なかった。 「どうした? まだ寒いか?」  買った服に着替え、寒さは治まったはずだが熱が出ているかもしれない。あの春のジェイを思い出し蓮の手が伸びた。額を触ってホッとする。  その触る手にほんの僅か、ジェイの頭が自分の方へ傾いだような気がした。 (まだ気持ちが不安定なのか) そう思う。さっきは母の前だから素直に気持ちを言えたのかもしれない。 (家に着くまでそっとしといてやろう)  ただ時折りジェイの頭に手を置いたり、手を握ったり。そんなスキンシップを続けた。  マンションに着いて、ジェイは車から降りようとしなかった。躊躇っているのが伝わってくる。蓮はただ待った。追い詰めたくなかったし自分から下りて欲しい。  そのまま5分ほどが過ぎた。ジェイがドアを開けたのを見て蓮も下りた。  エレベーターで上がる。キーを回してドアを開けた。またそこでジェイは止まった。少しして辛い顔を横に振った。 「お前の家だ。お前がどう思おうとも、お前の家はここなんだ」  その言葉がジェイの背中を押した。一歩踏み込んだ。  後から入った蓮が後ろから抱きしめる。ピクリと体が逃げそうになるのを抑えて、ただ抱いた。  少しずつジェイの体が落ち着いてくる。ゆっくり蓮は自分の方へとジェイを向かせた。ジェイの手が背中に縋りつく。その頭を何度も撫でた。 「俺はお前にそばにいてほしい、何があっても。汚いとかきれいとか、そんなことはどうでもいいんだ。お前をこうやって抱きしめてそう思う。お前だからいいんだ」  見上げた濡れた瞳に蓮は微笑んだ。こんなにも愛しい。相田への憎しみはある。けれどそれを持ち続けることはジェイを責めることに繋がるかもしれない……自分が忘れなければ。   
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