第一章 始まりはリストラ

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第一章 始まりはリストラ

 「長い人生、いい時もあれば、悪い時もある」と苦境に立つと励まされる言葉がある。理屈では分かるが、悪い時にはいい時が訪れるとは俄かに信じがたい。終わりがあると感じられたら誰も苦しまない。  絶対に負けない博打の方法。それは勝ちに転じるまで、負けを取り戻すまで、倍々ゲームで掛け尽くすことだとある人が言っていた。でも、そんなことは、よほどの大金持ちでもない限りは成し遂げられるわけがない。差し詰め、それを人生ゲームに例えると、どんな逆境にあっても勝ちに転じるまで、諦めずに努力し続けるということか。 「石田さん、至急、応接に来てくださいって」 庶務の女性が唐突に声を掛けてきた。 「えっ、俺。窓際、壁際の俺に面会人なんて珍しいなあ」 口でこうは毒づいていても、自分は有能な社員だと心底では思っている。祐一にはそんな楽天的な面があった。だからこそ、出世せずともマイペースでお気楽人生を過ごせていたのであるが。    「石田です。失礼します」 祐一は、ドアをノックすると応接室に足を踏み入れた。部屋に入ると、本部長と人事部長が隣り合って椅子に腰かけていた。祐一は二人に促されるままに向かいの席に腰かけた。 「石田くん、君いくつになった」 「五十ですが・・・」 「やはり、若い人の下は嫌かい」 「いえ、全くそのようなことは・・・」 そう答えて、先日の上司との口論が頭を過った。 高圧的で自分では解決策を打ち出せず、他人に責任と仕事を押し付け、正論の批評ばかりを豪語する新任部長。そんな部長の傲慢さに辟易はしていたものの、ずっと我慢に我慢を重ねて来た。でも、とうとう新任部長の嫌味に乗じて反論してしまった。迂闊だった。敵の術中に見事に嵌ったわけだ。 「分かってもらえたようだね」 祐一の顔色から真相を察したのか、人事部長がそう畳み掛けた。新任部長の裏の顔、それは人事と繋がったリストラ部長としての責務。会社の中高年を一人ずつ狙い撃ちにすること。
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