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第六章 めでたし、めでたし
「よう、石田、このごろ調子どうだ」
「そうだな、なんとか今期の売上はカツカツ達成できそうだ」
「仕事の方じゃなく、家の方の話だよ。実は俺、親から同居しないかって誘われていて、迷っているんだ。女房は猛反対だしさ。それで、同居大先輩のお前にテクニックを伝授してもうおうと思ってな」
「テクニックといってもなあ・・・」
祐一は、同僚の問いかけに答える代りに中を仰ぎ見た。祐一には期待に応える答えが見出せなかった。
その頃には、亜弥も既に高校生になっていた。母の幾ばくの努力も虚しく、ばーちゃん子どころか、亜弥は嫁の陣営に取り込まれていた。
祐一家では、風呂争奪戦が勃発していた。亜弥を味方につけた嫁は、母が風呂に入ろうとすると自分と子供が入ってからだと強引に主張した。
「いつになったら、風呂に入れるんじゃ」母が食ってかかった。
「だから、子供が入った後で・・・」
「まだ、子供は帰って来とらんだろ」
そんな会話が日々繰り返された。既に二対一となった何処にでもある嫁姑戦争。祐一が加担しなければ母側が不利。でも、祐一が加担すれば戦争はいっそう白熱を極め、別居は必至。亡き父の家の財産を息子夫婦との新居に注込んだ母に帰るところはもうない。
「祐一、上島興行まで車で送ってくれない」
日曜日に居間で寛いでいると母が話かけてきた。上島興行は車で五分、歩いて十五分ぐらいの場所にあった。母の話によると天然水を使用した温浴施設らしい。
「ここの温泉はいいよ、疲れが取れる。美紗緒さんも家の風呂に縛られず、たまにはここの温泉に来ればいいのに」
どうやら、風呂争奪戦で締め出しを食った母は新天地に活路を見出したようだ。母の言葉を信じるならば、勝者は妻の美紗緒でなく、母の方だった。物事は考え方ひとつで大きく変わる。めでたし、めでたし。
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