3人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
(空が、やけに赤いな……)
鴉の声がいつもよりうるさく聞こえる。照らされた辺りの景色は燃えているようにも見え、どうにも不吉な予感がする。
姫君の家に着くと、兄上は彼女の部屋に真っ直ぐ向かった。
「私まで勝手に女性の部屋に入るのは良くないでしょう?」
「お前が書いたのではない、と一言言ってくれるだけでいいんだ、頼む」
そうこうしているうちにとうとう部屋の前まで来てしまった。彼女は何のためらいもなく私達を部屋に迎えた。萩重の着物に身を包んだ彼女はいつもよりも美しく見えて、ほんの少しだけ妬けた。
「姫君、この度は私に用がおありだとか、一体どうなされました?」
兄上は一つ軽く咳払いをした。
「あの恋文は俺が書いたのではないと疑ってるんだろ? お前からも言ってやってくれないか」
いつも飄々としている兄上の額からは冷汗が流れていていささか滑稽だった。
「想いが通じ合われたようで、喜ばしい限りです」
「さあどうかしらね、私はまだ返事してないもの。かくしごとするような人とは付き合えないわ」
彼女はクスリ、と笑って私に目配せし、私は心得て頷いた。
「それもそうですな、でははっきりと申し上げましょう。あれを書いたのは私です。そしてそこに書いてあることは全て私の誠の気持ちです」
「そうだったのね! 私、あれにはとても心動かされたわ」
「いきなり何を言い出すんだ」
柄にもなくおろおろと取り乱す兄上を横目に見ながら、もうひと押し、といったところだなと思った。
「姫君、私の気持ちを受け入れてくださいますか?」
私の声がほんの少し震えた。しかし彼女はそのことに気づかなかった。
「ええ、それもいいかもね。嘘をつくような男よりはずっといいわ」
「な、何だって? それは本気かい?」
慌てる兄上を横目で睨みながら口にした言葉の声音は妙に明るくて、私の入りこむ余地などないのだ、と思い知らされた。
(それでもいい、彼女が幸せならば)
私はつめていた息をふっと吐くと兄上の方に向き直った。
最初のコメントを投稿しよう!