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「ほら、だから申し上げたではありませんか。姫君は他人が書いた取り繕った文を喜ばれるような方ではありません。遊びの恋ならば、いくらでもお手伝いしますし、歯の浮くような言葉を並べて差し上げます。ですが、そうでないのならば、どんなに下手でもご自分でお書きになった方がよろしい」
「俺は、どうもそういうのが苦手で、君に渡せる代物ではないんだ」
「そんなこと、知ってるわ」
機嫌をそこねたのか、彼女はとうとうそっぽを向いてしまった。
「どうしたら機嫌を直してくれるかい?」
「そんなこと、自分で考えてください。得意なんでしょ? 女性の扱いは」
兄上は少し考えた後、彼女の手を取った。
「すまなかった。悪気は無かったんだ。自分でも、何度か書こうとしたんだ。しかし言葉が浮かんでこなかった。きみへの想いはこんな紙に書き表せるようなものではない」
「……!」
さすがに、これ以上は見ていられない。私はぱん、と手を叩いて努めて明るい声を出した。
「さあさあ、ここから先はお二人でお話になってください。私はいい加減退散してもよろしいか? やりのこした仕事もありますし」
「ああ、すまなかったな、急に引っ張り出して」
私は肩をすくめた。
「全くですよ。それに……姫君も、このように部屋に他の男をやすやすと招くようなことはなさらないでください」
「そうね、軽率なことをしてごめんなさい」
私が立ちあがって退出しようとすると、兄上が私の方を振り返った。
「ところで、きみは浮いた話の一つも聞かないが、どうなんだ?」
あなたがそれをおっしゃいますか、と喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。
「ご存じの通り、私は奥手ですから。お気になさらず」
外に出れば、来た時と同じく、血のように赤い夕陽が美しく整えられた庭を照らしていた。本丸の庭は外の時空と切り離されているとはいえ、流石にもう日が沈む頃合のはずだった。
屋敷に背を向け歩いていると、女の悲鳴があがり、振り返ると使用人が取り乱した様子で走って来た。
「誰か、誰か来てください! 早く!」
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