63人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
「さて。何のことやら? はっはっは」
しらばっくれる店長は、芝居がかった仕草で呵々大笑した。
絶対わざとだ。絶対。
店の規則では前金不足だが、店員のミスということでうやむやのうちに処理し、やむを得ず取り置きを成立させるという体裁を採ったのだ。
「というわけで、前金二〇万円を大至急、引き出して来ていただけますか?」
「いいのか! ありがとよ……恩に着るぜ……マジでありがとう……!」
学生が、売約を結べた喜びに舞い上がった。
店長と時花を拝み倒し、涙ながらに感謝を述べる有様だ。
(私のドジも使いよう、ってことでしょうか?)
欠点でしかなかった『ドジ』すらも、店長は有効活用してみせた。
利点へと昇華してくれたのだ。そこに彼の懐の大きさと優しさを感じずに居られない。
「じゃあちょっくら、前金と印鑑を取りに行って来る!」
学生は涙を拭い、一目散に店を出て行った。
一件落着である。
ほっと胸を撫で下ろす時花は、肩をそびやかす店長と顔を見合わせて、互いに笑った。
「今回もお疲れ様でした、店長♪」
「当然のことをしたまでです」片目をつぶる店長。「喜んでいただける人のもとに、最適な品物を贈る……それが僕たちの幸福です。時計とともに歩んで行く時間こそが、人の心を解きほぐすのです」
そのために店長は独立したのだ。
最高の営業スマイルが、そこにあった。
時花は彼の笑顔に魅入られた。見れば見るほど顔面が熱くなる。頭から湯気が出る。
(私、このお店に再就職できて良かったです!)
心の底から、そう思える。
古物時計店の『時ほぐし』。
時計のことなら彼にお任せ。ここには想いを刻むエキスパートが、皆様のご来店をお待ちしている。
第一幕――了
(第二幕に続く)
最初のコメントを投稿しよう!