第一幕 月に降りた腕時計

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第一幕 月に降りた腕時計

   1.  時花(ときか)はリクルート・スーツに身を包んでいた。  姿見の前で何度も、服装に乱れがないことを確かめる。 (うん、これなら大丈夫です!)  鏡の自分へ握り拳を突き付けた。  化粧も済ませてある。髪型も、普段は後ろに縛って垂らすだけだが、今日はお洒落にねじって()い上げた。野暮ったいメガネもやめてコンタクト・レンズを装着している。  久方振りに見つめ直した(おの)が肌は青白く、手足は細い。  良く言えばか弱き乙女、悪く言えば単なる虚弱。 (しばらく外に出ないヒキコモリでしたからね……外見だけでも取り繕わないと!)  そう思うと、たちまち恐怖心が湧き起こる。  外への忌避(きひ)感。  人と接することの嫌悪。  運動しなければ体が鍛えられず、肌も日に焼けない。  一見すると細身で色白な大和撫子に見えるが、その実は小一時間も外出したら息が切れるわ汗もダラダラで化粧が落ちるわ、面倒臭い貧相な女だと発覚するだろう。  玄関に用意されたピンヒールだって、めったに履かないから靴ずれ必至だ。路上で転んで()りむきでもした日には目も当てられまい。 (まずいです、ドキドキして来ました……はぅ、息が苦しいっ。深呼吸、深呼吸……)  玄関の前で、いつまでも外への一歩を踏み出せずに居た。 「何やっとんだ時花! とっとと行かんか!」 「わぁ、お父さん!」
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