第一幕 月に降りた腕時計

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 時花の声が裏返った。  即決にもほどがある。まだ面接を始めて一〇分も経っていない。採用は嬉しいが、いくら何でも早すぎだ。 「あ、あのう」恐る恐る挙手する時花。「私の経歴とか、退職後の空白期間(ブランク)とか、詳しく聞かないんですか……?」 「履歴書に書いてあることをわざわざ尋ねるのは、時間の無駄です。ブランク? 新社会人が速攻で辞めて再就職に勤しむなんて、今どきありふれていますよ」  ずぼらと言うよりは、おおらかな人柄なのかも知れない。  時花は店長にますます引き込まれた。 (間抜けな私を拾ってくれるなんて、神か仏か天使に違いないですっ!)  人の過去に執着しない、女の経歴を詮索しない……何と寛大なのだろう。心意気からして男前(イケメン)ではないか。  一目惚れなんて次元ではない。店長は優しい。店長は寛大だ。店長は困っている乙女に手を差し伸べる。理想の男性像だ。最強すぎる。惚れる。濡れる。抱いて下さい! これはもう運命と言っても差し支えなかった――時花の中でだけ。 「特に風師さん、あなたのお名前がとても気に入りました」 「はひ? 名前ですか?」  しかもこの店長、着眼点がちょっとおかしい。  職歴や所有資格よりも、名前が採用ポイントだと言いたいのか……?
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