第一幕 月に降りた腕時計

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 店員に張り付かれたら困ることでもあるのだろうか? 単に話すのが面倒臭い、という客も居るだろうが、彼は元気に対話している。行動だけがよそよそしいのだ。 「店員さんよぉ? オメガってさ、歴史と格式を重んじるメーカーだよな?」  やおら、男性客の方から語りかけた。 「え? あ、はい……そうですね……?」  これは予想外だった。時花は一瞬、返事が遅れてしまう。 「オメガの時計って、アメリカの宇宙飛行士が身に付けてたり、オリンピックの公式タイムキーパーにも採用されたりしてるよな? ある意味でロレックスを超えてるぜ!」  男性客はすらすらと蘊蓄(うんちく)をひけらかした。  これも意外だ。 (この人、実はかなり詳しいのでは?)慌てふためく時花。(私の想定と異なる人物像です……! 公式タイムキーパー? 私、そんなこと知りませんでしたよ……!?) 「でさぁ。一九六九年に販売されたスピードマスターっつうモデルが欲しいんだよ、俺」  男性客は明確にリクエストした。  一九六九年のモデル――?  身なりからはとてもそうは思えないが、男性客はオメガに一定の知識を有している。製造年代まで指定するなんて、相応の知見がなければ出来ない所業だ。
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