第一幕 月に降りた腕時計

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「このスピードマスターには、歴史と技術の粋が詰まっています。製造のコンセプトは『宇宙空間でも使用できる機能性』です」 「う、宇宙空間!?」頓狂(とんきょう)に叫ぶ時花。「民間人には一生縁がないロケーションですよ!?」 「ですが風師さん、例えば日本のG‐SHOCKだって、水深数十メートルでの使用に耐えられる頑丈さがコンセプトですよね? 実際にそんな場所へ行くことはないとしても、その『高性能』が売りになるのですよ。安全性をアピールしているわけですね」 「ああ~、なるほど……」 「要は、耐久性に(はく)を付ける美辞麗句です。もちろん(うた)い文句にする以上、相応の強度が必要ですけどね。そして本当に、オメガを宇宙空間で着用する有志も現れました」 「居たんですかっ!?」 「オメガのスピードマスターは、NASA《ナサ》の宇宙飛行士たちに納品したモデルですから」 「NASA! って、アメリカの航空宇宙局ですよね?」 「この腕時計は、NASAの厳しい使用条件を次々とクリアしました。長時間の温度変化における耐性、落下や圧力による衝撃の耐性、振動テスト、酸素濃度一〇〇パーセント環境での耐久試験など……あらゆる過酷な状況下で、正確に時を刻んだのです」 「すごいですね……!」 「宇宙空間は無重力なので、気圧が急変します。風防ガラスが破裂したり、機構内部の潤滑油が漏れ出たりと、さまざまなトラブルが想定されます。加えて、真空状態では時計の動作を操るエスケープメントが正常に働きません……スピードマスターの外装は、そうした変化を押さえ込む充分な厚みと弾性が設計されているのですよ」  道理で値が張るわけだ。  途中から話が難しくて生返事しか出来なかったが、破格であることは察せられた。
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