第一幕 月に降りた腕時計

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「ムーン! ……限定生産って具体的にいくつ出回ったんですか?」 「全世界に一〇一四個だけです」 「少なっ!」 「数の少なさと、一九六九年当時のプレミア価格が付いた結果、現在は二六四万円が妥当な相場です。シリアルナンバーの一~三九までは宇宙開発関係者に贈呈され、記念すべき一番は当時のアメリカ大統領・ニクソンに献上されたことでも有名です」  高いものには、相応の価値が裏付けられている。機械仕掛けのアンティークな代物が、時を超えて現代でも針を進めているなんて、時花は不思議な感慨(かんがい)を覚えた。 「もちろん腕時計は、きちんと動くように僕が定期メンテナンスしています」 「店長が、ですか?」 「他に誰がやるんです? 年代物はオーバーホールが欠かせません。不良品を販売するわけには行きませんからね。アンティークには修理と点検が付き物ですよ」 「済みません、オーバーホールって何ですか? 大きい穴?」  時花は申し訳なさそうに挙手した。基礎用語も判らない、新米らしい態度ではある。  店長は嫌な顔一つせず、懇切丁寧に回答するからありがたい。 「オーバーホールとは、修復や換装を意味する言葉です。要するに、僕の手で元通り直しましたよ、ということですね」 「店長は腕時計の修理も出来るんですか? 資格が必要じゃないですか?」 「もちろん取得していますよ」胸を張る店長。「時計修理技能士二級を持っています。事務室のデスクに免状が置いてありますから、あとでお見せしましょう」 「わぁ、楽しみです! 一級じゃなくて二級なのは、何か理由があるんですか?」 「一級は実務経験が七年以上でないと受検できないのですよ。僕は店を開業してまだ三年目……前職の時計メーカー(・・・・・・)に居た頃を含めても七年に届きません」 「店長って、元はメーカー勤務だったんですか! だから検定を所持してるんですね!」 「…………ええ、まぁ」  そのときだった。  店長は初めて、時花から目をそらした。
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