第一幕 月に降りた腕時計

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 怒鳴られてしまった。  父が廊下をけたたましく歩いて来る。時花の華奢(きゃしゃ)な背中をてのひらで叩いた。 「数ヶ月ぶりの外出を決意したんだろ? 人間は一度決めたことは遂行せにゃいかん。俺は娘がようやく行動を起こしただけでも誇りに思っとる!」 「お父さん……」 「前職の失敗でニートになったお前が、再び就職活動を始めた。言い方は悪いが、駄目で元々だ! 失うものなんかない! むしろニートが勇気を出したという事実は残る! その経験は本物だ! それを積み重ねれば、ニートもいつか再就職できる!」 「う、うん、そうですね……あんまりニートニート連呼しないで欲しいですけど……」  時花は頭を下げ、持ち上げたときには心機一転、ピンヒールに足を通して玄関を出た。  歩きにくい。  ヒール込みでも身長一六〇センチに届かない彼女は、数ヶ月のヒキコモリ生活から脱却するための門出を、どうにか果たす。 『風師(かざし)』  と記された自宅の表札を通り過ぎる。 「風師時花、がんばりますっ!」  時花は両手でガッツポーズを取った。  ……直後、左右ともに手ぶらであることに気付いたが。 「おーい時花! かばん忘れとるぞ!」  父がサンダルを突っかけ、通勤かばんを持って来てくれた。  時花は顔を真っ赤に染め、かばんを受け取って踵を返す。恥ずかし過ぎる。逃げるように歩き出した途端、さっそくヒールがつまずいた。 「はうっ」 「……時花、駅まで車に乗せてってやろうか?」 「お、お願いします……」    *
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