第一幕 月に降りた腕時計

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(失意のままスピード退職して数ヶ月……外に出る勇気が湧かず、人が怖くて友達すら絶交し、孤独なニート生活を送ったのでした)  新社会人は、研修明けの三ヶ月後が最も退職率の高い時期だと言われている。社風が合わない者、仕事に付いて行けない者、人間関係に失敗した者……時花もその一人だ。  それから数ヶ月――。  街路にはすっかり枯れ木が立ち並び、冷涼な北風が吹き抜ける十一月末日を迎えた。 (十一月末にもなると、さすがに肌寒いですね……コートを着て来れば良かったです)  上着がないことに今さら気付く。  これも彼女の鈍さを体現していた。 (いつまでも引きこもってたら(らち)が明かないので、億劫(おっくう)ではありましたけど再就職を志しましたが……そっかぁ、もう冬なんですね……)  夏と秋をタイムスリップで飛ばしたような冬模様は、現実味がない。どこか夢心地だ。 「え~と、ありました……このお店ですね、面接会場」  時花はスマホの地図アプリを参考に、一軒の店舗を発見した。  閑静な住宅地に開かれた商店街がある。周辺住民が日々利用する食料品店や雑貨店、はたまた文具店だの家電屋だの定食屋だの、個人経営の小さな店が軒を連ねている。  その末端――本当に商店街の場末(ばすえ)だ――にぽつんと孤立した、他の店とはやや趣向の異なる建物があった。  目抜き通りの中心からは明らかに外れており、その界隈だけ活気がない。  静謐(せいひつ)(たたず)むその店は、壁一面が透明なガラス窓で覆われ、内装が透けて見える。建物の床や支柱も、黒曜石やら大理石やらで装飾され、場違いな高級感が漂っていた。  看板にはリレーフや彫刻をあしらい、店名の文字も凝った意匠を施している――。  古物(こぶつ)時計店『(とき)ほぐし』。  ――看板にはそう銘打たれていた。
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