63人が本棚に入れています
本棚に追加
時計店。
ここが時花の目的地だ。
ガラス越しに覗ける店内は、淡い間接照明に照らされたショー・ケースの中で腕時計がずらりと陳列されている。
どれもブランド品ばかりだ。一つで何十万円……いや、ものによっては桁が足りない。何百万円もする逸品や、一千万円を超える腕時計も存在する。
時花は立ち止まり、硬直し、背中に冷や汗をしたたらせた。
(このお店で合ってますね……一応、時計店の面接を受けるに当たって、有名な時計メーカーやブランド名くらいは予習して来ましたけど……)
面接先の業務内容を前もって調べておくのは、基本中の基本だ。
何も知らずにのこのこ面接へ行こうものなら、本当にここで働く気があるのかと疑われてしまう。仕事への意欲を示す上でも、予備知識は不可欠だ。
(あの棚はロレックスですね。あっちはオメガ。ブライトリング、IWC……スイスの超一流メーカーばかりです! アメリカのハミルトン、ドイツのランゲ&ゾーネもありますね。店名に『古物』と付いてる通り、アンティークな中古品が多いです)
暗記なら得意だった。勉強だけは出来る所以だ。
『ブランド時計の下取りも承っております』
看板の下には、そんな文言も踊っていた。
やはり中古売買が中心なのだ。質屋も兼ねているのだろう。
(一流大手商社から、場末の小売り店へ転職……と聞くと格落ち感は否めませんけど、私にはこれくらいのリスタートが身の丈に合ってる気がします)
決して自営業を馬鹿にしているわけではないが、時花はそんなことを考える。
高級品を扱う場末の店。恐らく客足は少なかろう。この店は薄利多売ではなく、少ない客から高い代金を支払わせて利益を得るビジネス・モデルだ。
客足が少ないなら、のんびり屋の時花にも務まりそうだった。経理もめまぐるしい大手ではパンクしたが、この店の規模ならば落ち着いて能力を発揮できる……と信じたい。
最初のコメントを投稿しよう!