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「こんにちは、失礼します」
ガラス張りの回転扉が入口だった。
中へ押し開けると、ドアベルが軽やかに鳴り響く。
店内はとても落ち着いている。開店前のため、入口には『準備中』の札が吊るされていたが、この時間に面接の予約を入れていたので、時花は躊躇しない。
ドアの鍵も開いており、店側も彼女の到来を待っていたことが窺える。
「やぁ、いらっしゃいませ」
爽やかな甘い美声が、店の奥から返って来た。
耳に心地よいアルトの響きと、静かだが店内一帯に浸透する声量。それだけで時花は、声の主が対人能力に優れていることを察知した。
聞きやすい声色と、接客に欠かせない優しいトーン。
レジスターの前に立っていた一人の青年が、にっこりと微笑みかけた。
(この方が店長さんでしょうか?)
時花はぺこりとお辞儀する。
「面接の予約を入れていた、風師時花と申しますっ」
「はい、お待ちしておりました」
青年は笑顔を絶やさない。
人懐っこい微笑のまま、器用に唇だけ動かしている。営業スマイルというやつか。恐るべき表情筋の維持である。
成人男性の平均身長よりやや高い程度の彼は、時花が見上げやすい角度だった。
高すぎないのが良い。長身すぎる男は威圧感があって怖い、と嫌がる女性も居る。
髪の色は栗毛で、顎が細い優男だ。
なで肩で、胸板も薄い。腰から足にかけてスラリと締まっている。実にスマートだ。
服装はジョルジオ・アルマーニのダブルスーツで、ボタンをしっかり留めている。ネクタイもきつめだ。高級品を取り扱う手前、店員の身なりも正装が求められるのか。
青年の左手首には、白銀に煌めく高価そうな腕時計が装着されていた。自身がモデルとなって、来客に商品をアピールするのだろう。それに、時計店の店主が腕時計を付けていなかったら拍子抜けだし、安物の時計だったら台なしだ。
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