第一幕 月に降りた腕時計

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「本日はよろしくお願いしますっ」 「ええ、こちらこそ。まぁそう固くならずに。奥へどうぞ」  青年は改めて、時花を招いた。  レジの奥に事務室があり、優雅にエスコートされる。  給湯室も兼備され、紅茶の良い香りが漂っていた。時花は事務室の前に立ったまま控えていたが、青年に「遠慮せず座って下さい」と言われてから、ようやく室内へ入る。  来客用のソファとテーブルが衝立(パーティション)で区切られ、そこで青年と対座した。 「履歴書と職務経歴書を見せていただけますか?」 「はっ、はい、こちらになりますっ」  時花は緊張して呂律(ろれつ)が回らない中、急いでかばんから書類を取り出した。  迂闊(うかつ)だった。言われるまでもなく手許(てもと)に準備しておくべきだった。催促されてからバタバタと手荷物を物色するのは、のろまな時花らしいと言えばらしいが、みっともない。  青年はそんな時花を見て笑うと、肩の力を抜いてソファに背を預けた。 「強張(こわば)らなくても結構ですよ。実は僕も、堅苦しいのは苦手ですから」 「えっ? そうは見えませんけど」 「もちろんお客様の前では、慇懃(いんぎん)に振る舞う必要はありますけどね。――それに、まだ気付いていませんか?」 「な、何がでしょう?」 「僕、まだ名乗ってすら居ませんよ。ほら、ずぼらでしょう?」 「あ!」  時花は飛び跳ねそうになった。  青年はソファの上で居住まいを正すと、笑顔はそのままに改めて(こうべ)を垂れた。 「僕は『時ほぐし』の店長を務めております、時任刻(ときとうきざむ)と申します。現在二九歳、時計の中古販売に必要な古物商許可証(こぶつしょうきょかしょう)を取得してから、およそ三年になります。最近はインターネットの通販サイトも開設したので、人手を補うために求人しました」 「あっはい、よろしくお願いします……」  って、二九歳?
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