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「……阿川」
寝起きの掠れた声に、ぎくりとした。
睡眠が充足されたからか、智はいきなりぱっちりと目を開けた。寝起きのせいか、構えのない表情には、あどけない子供のような戸惑いが浮かんでいる。
「おはよう、智」
「顔が近い」
いきなり智は文句を言った。確かにもやもやと考え事をしていたタケルはのめり込むように智を見ていて、その距離は息がかかるほどだった。見慣れているとはいえ、起き抜けにこの美貌と目が合うのは衝撃だろう。
「よく寝てたよ。気分は?」
「ん……いくらでも寝れる。君こそいいのか、せっかくの休みが」
「いいよ、好きなだけ寝てなよ」
「でも論文……そうだ、さすがに起きないと」
そんなのはどうでもいいのだ。いや、よくない。でも、智が眠りたいならその方がいい。
智はやっぱり駄目だ、と律儀に言って、身体を起こした。それがどことなく残念な気がしたのが我ながら不思議だった。
「智、パソコン、テーブルに用意してあるよ」
「ああ、すまない。すぐかかる」
ベットから起きだし、大きく伸びをした智は、取りあえず洗面台の方に消えた。
タケルはポケットの中の携帯をぎゅっと掴む。
その手は珍しく汗ばんでいた。
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