煩悶

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 小さな期待と大きな肩すかしを繰り返して、智はそれでも勝谷との年月を重ねてきた。  遠距離はむしろ、ちょうどよかったのかもしれない。もし近くにいれば、もっと多くの錯覚をしたに違いなく、加速して煮詰まっていっただろう。  でも、どんなに親切だったとしても、それは友情の域をでない。  残酷だな、と智のアパートでごく普通に泊る勝谷の寝顔に呟いたこともあった。鍵をねだられて渡しているのもどうかと思うが、会いたいときに会いに来れないと不便だ、と強引に押し切られ、言うなりになっていた。  タケルは、いつから気付いていたのだろう、と思う。  もしかしてずっとはじめからかもしれない。  要所要所でそんな仄めかしがあった気がする。当事者より傍観者の方が、物事は良く見えるものだから。  タケルの頭の良さや、柔らかな感覚は会話していて心地よかった。だが、この場合だけはいただけない。勝谷の性質も、智の願望も見透かしていて、そこにいる。  タケルが傍観者の領域から、こちらの輪の中に入るのはたったの一歩ですむ。  なのに、人の気持ちに疎い智は、そんな簡単な想像もつかなかった。  
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