煩悶

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   貴重な滞在の間、タケルはちょくちょく智を訪ねてきた。  タケルは勝谷と同じぐらい気さくに人と話すが、智と同じくらい他人に心を開かない。日本にいても、特に会いたい人もいないから、と言う。  でも実際のところは、夏バテしていた智が心配だったのだろう。話ながら何気なく食事や睡眠の状態を確認してくる。タケルはひょうひょうとして温和なようで、時に怜悧な眼差しで智をみている。  タケルを相手に嘘はつけない、と思う。  反対に、どうせ鋭いのだから、偽る必要もないのだと思う。  だから智は、タケルといるのは嫌いじゃない。  面白そうなイベントがあり、智はふと、その話をタケルにした。日常会話の、ごく一部のつもりだったのに、その日のうちに連絡があり、一緒にいかないかと誘われた。  約束の時間よりずっと早かったから、智はまだタケルが来ているとは思ってなかった。  だが、その場所に来て見れば、人待ち顔のタケルが柱にもたれて、時計台を見上げている。  俺、時間、間違えたか?  そんな訳はないと思ったが、そこにいるタケルの仕草は、いかにもここで既に結構な時間を待っていた人間のそれだ。  タケルは白いパーカーに、オレンジのTシャツ、ジーンズに足元はサンダルというラフな格好だった。人待ち顔でパーカーのポケットに手を突っ込んでいる様子は、一見、雑誌のグラビアみたいに決まっていたが、暇そうでもある。  それにしても、目立つ。  智は声をかけるのに気後れした。美しい虹がかかっていれば思わず見惚れるように、行き来する人の視線がタケルに降り注いでいる。注目されるのが苦手な智としては、このままそっと退散したい。  だが、そんな葛藤も空しく、振り返ったタケルがたちまち智を見つけて、向こうから近寄ってきた。 「智! 凄い、ちゃんと来たね」 笑顔になるとキラキラが増量され、智は思わず目を細めた。
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