煩悶

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「待ち合わせだからな。普通、来るだろう」 「けど、智を引っ張り出すのは至難の業だから」  タケルは、嬉しそうに笑い、チケットをちらつかせた。  出不精の智がその気になったのは、子供の頃からやっていた人気ゲームの一大イベントだったからだ。病気がちだった智は室内での一人遊びが多く、かなりのやり込み型である。最近は研究が忙しくてご無沙汰だが、寂しい時間の穴埋めをしてくれたゲームに思い入れは深い。  今回は、十周年記念のイベントとあってひときわ話題性たっぷりの内容だった。歴代のキャラクターたちの展示、グッズ販売、実際に装備をしてリアルな体験ができるなど、ずっとそのゲームをやってきた者にとっては垂涎の企画が目白押しである。  しかもゆっくりと楽しんでもらいたい、という企画者の意向で、完全予約制。人気のあるゲストのトークショーが組み込まれた日になると、チケットの倍率は相当なものになる。 「よくこのチケットをとれたものだ。タケルがゲーム好きとは意外だった」 「意外じゃないよ、ほとんどしない」 「え?」 「智が、行きたいなんて珍しいから、連れて行きたくなったんだ」  タケルはさらっと言ったが、智は返事につまった。  だが困惑も束の間、会場につくと、そこはまさにゲームの世界が広がっていた。智は一気に引き込まれて、懐かしいストーリーや、再現された壮大な世界観に夢中になる。主催者自慢の4DXでのサイドストーリーが上演されると、タケルのことなど忘れて、食い入るように見てしまった。 「すごく懐かしい、本当にフィールドにいるみたいだ」  智が感嘆の声を上げると、タケルも顔をほころばせる。
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