第一話 蝶子と光の君

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第一話 蝶子と光の君

「だーかーらぁ、出るんだってさ」 晴れた日の午後。 草むらで女学生二人がのんびりと昼食を取っている。 「何がそんなに出るんです、(ひかる)(きみ)」 蝶子はハルさんが作ってくれた弁当をつつきながら聞き返した。 光の君と呼ばれるのは藤堂光子(とうどうみつこ)だ。 長身で男子のように短い髪に男袴といういでたち。 涼しげな面立ちもあり、年頃の女子ばかりの女学校では憧れの的だ。 女子から恋文をもらうのは日常茶飯事。 子供のころからそんな風だった彼女は、いつからか光の君、というあだ名が定着していた。 橘蝶子(たちばなちょうこ)はそんな彼女となぜか馬が合った。 二人は尋常小学校時代からの幼馴染だ。 光の君は神妙な面持ちでこちらを見つめる。 「吸血鬼だよ、吸血鬼。若い女性が血を吸われて死ぬ事件が多発しているんだって」 「へえ……そんな事件がおきているのね……」 蝶子はあからさまに他人事という反応を示した。 光の君はその態度にますます声を大きくした。 「君みたいな奴が一番狙われるんだぞ。何かあっても知らないからな」 ふんと鼻息を吐き出す光の君に蝶子はにっこりと笑いかけた。 「大丈夫よ。そんなか弱い婦女子ばかり狙う輩は私が返り討ちにするわ」 自信ありげな蝶子を見て、光子はあきれた顔をする。 「君は見た目は蝶のように可憐だけど、中身は案外じゃじゃ馬だからな……また縁談の話、蹴ったんだって?」 「私は結婚したくないわけじゃないの。ただ、なよなよした男は嫌いなだけ」 少女は言い訳をしたものの、縁談を蹴ったくだりは否定しなかった。 「しょうがないだろ。父君は橘医院を継いでくれる婿養子が欲しいんだから」 蝶子は長い睫を伏せてはあ、とため息をついた。 「わかってるわ……しょせん私に選ぶ権利なんてないってこと。でも、女学校を卒業するまでは待ってほしいと思ってるの」 蝶子はぼんやりと木造の校舎を眺めて言った。 彼女は十六歳。 まだ、恋を知らない。
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