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「お嬢さんの腕を……?」
「そう。でも寝ていただけで全然大丈夫だっていうの。おまけに名前を教えたら、虫呼ばわりするんだもの。ほんと頭にきちゃった」
蝶子は隼人の変化を不思議に思いつつもそのまま喋り続けた。
「そいつはどんな奴なんですか」
「一条時雨と名乗ったわ。年は20代半ばくらいかしら」
「一条時雨……」
隼人はあごに手を当て、何かを考えるような仕草をした。
「もしかして、知ってるの?」
蝶子は隼人にたずねた。
「いや……わかりません。でも、私もその名を覚えておきましょう」
「……隼人が覚えてどうするのよ」
蝶子がつぶやくと、隼人はどうもしませんよ、とまたにっこり笑ってみせた。
付き合いの長い蝶子でも、彼はどうも食えないところがあった。
けれど蝶子を大事に思ってくれていることは、彼女もわかっていた。
「ねえ隼人。今度また剣道の稽古に付き合ってくれない?」
「いいですよ。でもこれ以上強くなってどうするんです?」
隼人は冗談ぽく言って肩をすくめる。
「最近は物騒な事件が増えているらしいから。鍛えておくに越したことはないわ」
「ああ……俺も聞きました。若い女性が血を抜かれて死ぬ事件が起きていると」
隼人は急に真面目な顔で蝶子を見た。
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